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April 30, 2005

多摩動物園&ライオン

今年の連休は最大10日とあってどこも大混雑。
灼熱の「みどりの日」、私は多摩動物公園にいって来ました。
立川北口駅から多摩モノレールで14分、300円。
日本の動物園としては1級の存在である。子供達の学習の為
の説明も詳しい。
連休中、4/29と5/5は無料公開日である。通常は大人
650円である。
普段とくらべると混んでいたかも知れないが、ライオンバスも
1時間程度で乗れた。
多摩丘陵をそのまま使っているので、園内はシルバーバスが運
行するほど、勾配がきついのでハイキングにもなる。
多摩動物公園は近くに銀行やコンビニ(高幡不動の方へ1KMほ
ど歩くと7-11があるが)がないのでお金とお弁当の準備が必要
かもしれない。園内にはレストラン、売店もあるが昼食時は混ん
でいる。
今日は暑かったせいか、ライオンバス前の売店では「かき氷」や
アイスキャンデーが良く売れていた。ライオンバスのチケットは
大人350円。

見物はなんといってもライオンである。29日は24頭だった。
暑かったせいか、よく動いていて好奇心を引き付けてくれた。
ライオンバスは四方がガラス張りの大型車でライオンを目の前
に見ることができる。何匹かは丸太の台の上で寝そべっていて
(牛骨が置いてあるからだが)、バスを叩いたり、なめたりし
てくれる。
次がとなりのアフリカ象だと思う。鼻で池の水を上手に浴びて
いた。
**
時間をかけて面白いのは「さる山」である。小猿が何匹もいて
遊んでいる風景が面白い。

可愛いのは「レッサーパンダ」で茶色と白のまだらのラスカル
が何匹も遊んでいる。
上野動物公園のパンダが増えたら、多摩にも連れてきて欲しい
と思った。生活環境も中国の山奥に近く、喜びそうな気がする。

木陰は多いが、多摩は都心に比べ気温が高くなるので、暑さに
は要注意である。救急車が来ていた。老人の方がライオンバス
ないで倒れたらしい。ライオンにびっくりしたという説もある
が、おそらく熱射病だろう。
http://www.gws.ne.jp/tama-city/tama-zoo/tama-zoo.html
http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/zoo/tama/index.html
関連、映画DVD
「愛と哀しみの果て」
わたしの評価はこのサイトを参考。小学生以下には向かないが、
大人は楽しめる。
ともかくアフリカのサバンナのライオンとコーヒーが目に残る
作品。コーヒーの栽培の光景や貴族の生活習慣も勉強できる。
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=135
http://www.universalpictures.jp/outofafrica/

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April 24, 2005

最後の誘惑

「最後の誘惑」1988年、アメリカ
監督 :マーティン・スコセッシ
製作 :バーバラ・デフィーナ
製作総指揮 :ハリー・ウフランド
原作 :  ニコス・カザンザアキス
脚本 :  ポール・シュレイダー
衣装 : ジャン・ピエールデル
ウィレム・デフォー:イエス
ハーヴェイ・カイテル:イスカリオテのユダ
ヴァーナ・ブルーム:イエスの母マリア
バーバラ・ハーシー:マグダラのマリア
アンドレ・グレゴリー:洗礼者ヨハネ
デビット・ボーイ:ポンテオ・ピラト
物語
***
映画は紀元前1世紀のパレスチナのナザレの実家から始まる(考
古学的な検証がされているだけあってかなり再現度は高いと思わ
れる)。イエスは大工仕事をしている。彼は時おり、心理的苦痛
から来るてんかんのような発作に襲われていた。ユダがユダヤ教
の高僧からイエスの殺害を依頼されてやってきたが、彼がメシア
かもしれないと考え行動を共にすることにする。
スクリーンは娼婦の館の場面となる。館内を女性の激しい息遣い
がこだまする。イエスは荒野への旅立ちの前にマグダラのマリア
のところに別れを告げに来る(これはルカとフィリポの福音書の
描くマグダラのイメージである)。バーバラ・ハーシーの演じる
マグダラはバロックの絵画のようでビーナスのように感じられる。
その美しい肢体でイエスを再度?誘惑するのだが、イエスは冷た
くあしらう。
彼はヨルダン川の洗礼者ヨハネの下に行き、洗礼を受ける(ここ
は無音である)。洗礼者ヨハネの共同体は砂漠にあり、クムラン
修道院という設定である。彼はそこで悪魔の試みを受ける。それ
は暗示的な描かれ方がされている。
イエスが街にかえってくるとマグダラのマリアが石打ちの死刑に
なりそうになっている。ユダヤ教では淫行は死刑である。
イエスは「罪なきものが投げるがよい」といって助け出す。
彼は群集に山上の説教を始めるが、貧困にあえぐ群集の多くはパ
ンを求めて活動(暴動)に向かう。イエスは弟子たちを集める。
その数は拡大していく。洗礼者ヨハネが死ぬと彼はガリラヤ湖周
辺で病人を癒しながら本格的に宣教活動をはじめる。彼はエルサ
レム神殿で犠牲の為の鳩や羊を売る商売人たちを追い払う。祭司
たちはイエスに対して殺意を持つローマ兵も逮捕しようとするが
群集を恐れ放任する。
彼はしばらく愛を説いていたが受けいられず、斧をとり「私は斧
を投げ入れる為にやってきた」(聖書ではこの台詞は斧でなく剣
だが)という。ユダは「待っていました」とイエスに口付けをし
て剣を抜く。
そして過越の祭りの時に再びエルサレムへと向かう。弟子たちは
メシアは十字架刑に決まっている、と恐れる。イエスはロバに乗
り入城をする。群集はシュロをひいて彼を迎える。彼は神殿を占
拠し天を仰ぐが何も起こらない上に神の声は聞こえない。ローマ
兵が粛正をはじめる。彼はユダに助けられ息絶え絶えに逃げる。
そしてユダに祭司たちへの密告を依頼する。逃げ切った弟子たち
と彼は最後の晩餐を共にする。晩餐は床の上に座り、過ぎ越しの
食事をするという考古学的な見解をに基づいている。ユダはイエ
スにいわれたように退席し密告に向かう。その夜、ゲッセマネの
森でイエスは神に十字架刑以外の道はないのか、と問いかける。
やがて祭司長たちの部下やローマ兵が逮捕にやってくる。ペテロ
は剣を抜き戦うが、イエスに引き止められる。捕われて鞭打ちの
刑に処されたイエスは、ローマ総督ピラト(デイヴィッド・ボー
イ)にゴルゴダの丘での処刑を命じられる。ピラトとの問答は名
場面である。やがて十字架に付けられる。
***以下ネタバレ
苦しみながら神に祈るイエスの前に1人のコケイテッシュで麗し
い少女が現われる。
「神はあなたを試されただけ。悪夢を見てたのよ」とイエスに
語りかけ、イエスを十字架から解き放つ。少女はマグダラとの
結婚式を用意していた。
彼はシトロンレモンの香る部屋で、優しいこもれ日に包まれなが
らマグダラのマリアと愛を交わす。彼女のお腹は大きくなるが突
然死んでしまう。
落胆したイエスを少女はラザロのマリアへと導く。彼女と家庭を
築き子供達にも恵まれる。少女も家族と共にとどまる。
ある日、家族と一緒に行ったギリシア風の街でパウロという人物
にあう。自分の回心の体験を説き、イエスの復活を告げている。
「あなたの説くイエスは違う。私はここにいる」と話し掛けるが、
「私のイエスはあなたよりずっと偉大だ。私は何度でもあなたを
復活できる」と侮蔑される。
時は流れてエルサレム陥落の日がやってくる。イエスは老い、病
気にかかっている。その枕元にかつての弟子達が次々に姿を現わ
す。彼らはローマと戦い傷付いている。ユダはお前が言ったから
裏切ったと彼に怒り、近くにいた少女の正体は悪魔だと指摘する。
イエスは目が覚め、よろけながら外に出る。そして炎上するエル
サレムを眺めながら「父よ、私が間違ってました。元に戻して下
さい。十字架にでも何でも付きます」と神に祈る。
その瞬間、イエスは十字架で目覚める。
イエスは「成就しました」といい息途絶える。
***
多くのイエス=キリストの映画は神の子としての一面のみが、強
調されている。この映画はその人間性、人格に光を当てたもので
ある。カザンザアキスの原作も公開当時読んでみたが、映画は原
作に忠実である。カザンザアキスはそのセンショナルな面をかば
ってか、これは私の精神の苦悩から生まれたものであり聖書に基
づいてないとしているが、「聖書学」にはかなり忠実である。
しかしながら、イエスが十字架から降りるという設定はいわゆる
正統主義からすると少し問題である。この描き方はグノーシスと
呼ばれる霊肉二元論のイエス=キリストと類似するからである。
イエスの人間性の問題を扱うとするなら、それは私生涯(30位)
までに設定する方が良かったのではないだろうか。もちろん、福
音書は関心を持ってないだけでイエスは普通の家庭持ちだったと
いう正統的な解釈も存在している。例えば、社会人に公私がある
ように宗教人にも公私はあるのが自然である。

この映画は「イエス=キリスト」以外にも「マグダラのマリア」
という人物にかなりのウエイトをおいている。
最近、「マグダラのマリア」(岡田、中公新書、800円)とい
う新刊本を読んで見直して見た。
DVD
2004年12月31日
定価(税込) 4,179円
商品番号 UNSD-25380
ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン(株)
http://moviessearch.yahoo.co.jp/detail?ty=mv&id=8418
カザンザアキスについて
http://en.wikipedia.org/wiki/Nikos_Kazantzakis
「最後の誘惑」について
http://en.wikipedia.org/wiki/The_Last_Temptation_of_Christ
「最後の誘惑」の問題について
http://answers.org/issues/last_temptation.html
http://www.firstthings.com/ftissues/ft9602/iannone.html

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April 21, 2005

@nifty:NEWS@nifty:「他の文明と対話」新法王、初ミサで路線継続を強調(読売新聞)

リンク: @nifty:NEWS@nifty:「他の文明と対話」新法王、初ミサで路線継続を強調(読売新聞).

主の平安、イエスの栄光!
265代教皇にドイツ出身のヨーゼフ・ラッツインガー枢機卿が
就任し、「ベネデイクト16世」となった。教皇はヨハネス・パ
ウロ2世に続いて2期連続のイタリア人外の選出となった。
ヨーゼフ・ラッツインガー氏は1927年4月16日生まれで、
今年78歳。
外部的には報道のように他の文明との対話に務め平和路線を尊重
するようで何よりである。
しかし、キリスト教、特にカトリックに対する内部的態度はいろ
いろと報道されている。
「ラッツインガー枢機卿はバチカンの長官の中でも教義という中
心問題を扱う教理省長官を81年から前法皇死去まで20年以上
務めた。前法皇の意志を引き継ぎ、離婚や中絶を認めない家族や
性道徳に関し、厳格な態度で知られる「保守派」の代表。改革派
に対する容赦のない攻撃と揺らぎのない教義擁護の態度から「甲
冑枢機卿」のあだ名もある。司祭に任命されたのは1951年。
2年後に発表した聖アウグステイヌスに関する論文執筆で、教会
初期の指導者で教義の信奉者だったアウグステイヌスに強い影響
を受けたのが「保守派」のスタート。59年から77年までボン
など西独各地の大学で教鞭を取った。68年の大学紛争の当時、
「進歩派でいることを欲するものは魂を売ることだ」と述べ、改
革派を非難した逸話がある・・」(産経新聞4/20朝刊、P2)。
「ナチス青年組織メンバーの経歴」(読売新聞4/20夕刊P2)
「新法皇ベネデイクト16世が、1940年代にナチスの青年組
織『ヒトラー・ユーゲント』のメンバーだったことが19日から
20日にかけて、欧州各国のメデイアで一斉に報じられた。バチ
カン発のロイター電によると、新法皇は自伝で、加入が強制され
ていた時期に自身と兄がメンバーだったと記述している・・・」。
***
キリスト教は今日、カトリック、プロテスタントなど宗派をとわ
ず保守派と改革派に2部される。そのあたりは現在のベストセラ
ー「ダビンチコード」に詳細に示されている。
『アウグスチヌス』
(354〜430年)
古代における有力なキリスト教の教父であり、カトリックだけ
でなくプロテスタントの教会の保守層からも敬意を示されている。
354年北アフリカのタガステにキリスト教徒のモニカを母とし
て生まれ、カルタゴで修辞学を学んだが最初にマニ教に入信する。
マニ教は善悪二元論で光と闇、救いと滅びといったことを教えの
中心とする宗教でその影は生涯彼を悩ました。
アウグスチヌスのポイントは以下の通りである。
1.(旧約聖書)創世記のアダムは罪を犯したため死んだ。そ
れは人間の本質で人間は罪深い存在である。
2.アダムの罪は原罪となり全人類に及ぶ。
3.その結果、人間は堕落した状態で生まれる。
4.全人類はアダムの罪によって死ぬ。
5.しかし、十字架によるキリストのあがない(福音)によって
 救いの予定された人間は天国に入り、永遠の命を得ることが
 できる。
6福音を述べ伝えられることを地上の国でできるのは教会のみ
 である。教会の他に救いはなし。
7そしてその教会の教えの中心とは三位一体にある。
『ヒトラーユーゲント』
1922年2月25日、ナチス党員や党に共感する若者を組織した、
突撃隊SA直轄の唯一の青年組織であり、男子を未来の兵士と
して、女子を未来の兵士を生む母として育てるための目的を
持っていた。
ラッツインガー枢機卿に関係するものとしては1933年にナチスとヴ
ァチカンの間で結ばれた「政教条約」の締結がある。
***
アウグステイヌスは「アウグステイヌス講話」山田晶、講談社を
参考。
http://7andy.yahoo.co.jp/books/detail?accd=19568428
英語では良いサイトがある。
http://ccat.sas.upenn.edu/jod/augustine.html
『ヒトラーユーゲント』については下記サイト参考。
基礎知識
http://www.weisserose.vis.ne.jp/jugend.html
研究
http://www2.ocn.ne.jp/~toda/HJ_imZWK_Honbun.html

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April 17, 2005

ルノアール

私の好きな画家の一人がルノアールである。印象派の時の
「イレーヌの肖像」、真珠色の時期の「ピアノを弾く少女
達」何回か模写をした。粗悪な贋作程度には描けたと思う。
(中学校の校内に飾ってあった。見たことのある方はあ
あ、あいつかと思うかもしれない。しかし、良くみると少
しづつオリジナルを変えてあった。ルノアールは光と色の
拡散だが、私のは感性と光と色の拡散であり、少し下品で
ある)
ルノアール
Pierre Auguste Renoir (1841年〜1919年)
「ルノアールは御存じのように印象派と密接な関係を持つ
画家である。彼の初期の作品は典型的なフランスの印象
派の画家の作品である。彼は弾ける色と光で満ちあふれた
生活のスナップショットを撮った」。彼の対象はパリと郊
外の中産階級の人々の余暇にあった。
***
リモージュで、仕立て屋の六男として生まれた。
1854年、13歳の時からからパリで陶器の絵付
け職人となった。この仕事で彼は色とか光の使い方
を見に付けたとされる。しかし、フランスにおいて
も産業革命の波が打ち寄せ、絵付けが印刷に取って
代わった。
彼の作品は印象派の時期と古典派の時期、そして真珠
色の時期に分けられる。
画像は下記サイトで見て下さい。
http://www.chez.com/renoir/renoir5e.htm
21歳のとき、グレールのアトリエに入り、本格的に
絵画を学び始める。そこでモネ、シスレー、バジール
らと親交を結んだ。取り分けモネとは親密でモネと同
じ構図の絵も残されている。モネが風景に趣を置くの
に対してルノアールは人物に自分の対象を見い出して
いった。画風は光が拡散したような輪郭と弾ける色使
いが特徴的である。
「睡蓮」「踊子」「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏場  」
「イレーヌ嬢の肖像」
印象派展は第1回と第3回に出品している。ルノワー
ルの絵はパリのサロンの人々にも好評で人気があった。
やがて印象派展からは遠ざかる。
彼は1880年40歳になると経済的にも恵まれ、旅行
ができるようになった。イタリア旅行で古典派、得にラ
ファエルのフラスコ画と出会い、彼らの影響を受ける。
冷淡で輪郭のはっきりした古典的な画風が見受けられる。
この「冷淡」な時期は短期間で終わる。
「都会のダンス」「田舎のダンス」「読書の少女」
1890年にアリーヌと結婚したころから、冷淡さは消
え輪郭のはっきりした画風に真珠の輝きともいえる色彩
が現われてくる。
「ピアノを弾く少女達」(1892年)は真珠色の時
期に属する。
アプライトのピアノはPLEYEL paris製である。
ショパンがこよなく愛したフランスのピアノである。
音質は豊かで明るく、軽快である。鍵盤も軽い。
ウォ-ルナット艶消し仕上げで家具としても美しい
P120 ROMANTIA という型番で再現されている。
http://art.pro.tok2.com/R/Renoir/reno12.jpg
***
批評
一番優れているのはchezである。BGMもなかなかで寛げるだろ
う。
http://www.chez.com/renoir/
http://www.ibiblio.org/wm/paint/auth/renoir/
本物はなかなか手にすることはできないがポスターは
すぐ手に入る。ドリアンのものはアメリカ製だが優れ
ている。再現度は90%以上だろうと思う。
http://goods.web.infoseek.co.jp/index.html
ルノアールのページ。「ピアノを弾く少女達」はP4
”Jeunes filles au piano ”
http://www.ne.jp/asahi/art/dorian/R/Renoir/Renoir.htm

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April 15, 2005

「部屋においでよ」

「部屋(うち)においでよ」(中国語/日本語字幕)
ストレス解消向芸術派連続ドラマ(語学学習に最適)
ちょっとしたことがきっかけで文の部屋にミキオが
転がり込み、同棲をはじまるという青春ドラマ。
以前は私が学んでいたような学校しかなかったよう
だが、最近ではごくありふれた社会の現象なのだろ
うと思われる。軽いタッチで青春像が描かれている。
それもそのはずで、原作は一応劇画である。
文の訳の許茹芸(ヴァレン・スー)が松たか子に似ていたの
で気になって見始めた。
MXTV木曜22:00〜23:00
製作:F4TV
原作:原秀則(ヤングサンデー)
http://www.s-book.com/plsql/com2_detail?isbn=4091528414
主役
水沢 文(ピアノ教師)/許茹芸(ヴァレン・スー)
塩村 ミキオ(大学生)/范植偉(ファン・ジーウェイ)
今泉 一也(文の元恋人)/言承旭(ジェリー・イェン)
マスター(二人のいきつけのバー)/呉建豪(ヴァネス・ウー)
***
ミキオは飲んだ帰りに終電車を逃して文の部屋に同棲を
始める。ミキオは大学で写真部に所属していて、部活や
撮影旅行に忙しい。文はピアニスト志望で音楽教室やホ
テルのバーで働いている。
ミキオは落ち込むと洒落たバーで泥酔する習性を持って
いる。文はそのミキオを迎えにいくのを愉しみにしてい
る。
全編を通してピアノの曲が流れている。
**
文はピアノをある心の情景を思い浮かべて演奏し、(ド
ラマ上では)人々を別の世界へ連れ出す魅力を秘めてい
る。
ピアノに限らず芸術は人々をどれだけ異世界に連れだせ
るかというのがポイントかも知れない。テクニックはす
ぐ身に付くがなかなかこれは難しいのかもしれない。
最近では2004年米国映画の「オペラ座の怪人」のサ
ウンドトラックがそうではと思う。
***
http://www.mxtv.co.jp/
http://www.mxtv.co.jp/oideyo/index.html
http://f4.tv/p/public/index01.html
***
この番組は日テレのBSでもやっていた。
気になった点は文は都会の綺麗な部屋に住んでいるのに
電子キーボードしか持ってないという点と二人とも親の
仕送りが大変なのだろうなあ、という点である。
うちの電子ピアノを一台かしてあげようか、と思った。

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[

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April 13, 2005

三位一体(の改革?)とは

NEWS@nifty
[東京 7日 ロイター] 経済財政諮問会議の4民
間議員は、今夕開かれた経済財政諮問会議に、200
6年度までの三位一体改革を確実に実現させるための
取り組みを提案。そのなかで、06年度からの協議制
移行を契機に、自らの責任で起債・管理・償還する地
方債の創設を提唱した。
***
三位一体の語源を研究してみた。西暦100年から500年頃
にキリスト教の教父(と皇帝?)らが考えた造語です。
トリビアの泉にもなりますのでどうぞ。
三位一体
(言語的文学的考察)
Trias(ギリシア)、Trinitas(ラテン)、Trinity(英)
はじめに
おそらくこのサイトを読んだほとんどの人はわからない
かもしれない。が、後世のために書いておくことにした。
(書いてあることは読めるが、理解はしたくない、と多く
の方はいうと思うのでこうかいた)。
***
ニケーア信経からカルケドン教条においてなぜ混乱が生じた
について、まず翻訳と言う問題がある。ギリシア方面の東方
の教会はギリシア語を西方の教会はラテン語を用いていた。
現在のような教育制度はなく、双方の司教はもう一方の言葉
を現在の日本人の英語程度にしかわからなかったといわれる。
キリスト教の思想化、組織化はギリシア語ではじまり、ラテ
ン語に翻訳移行された。そして1500年以上の年月が流れ
た。

To be,or not to be.(シェイクスピア「ハムレット」)
と言う言葉を日本語に翻訳することから考えてみよう。
直訳すると「あるべきかあらぬべきか」である。しかし
こういう文は日本人は使わない。少なくても劇場でこう
いう台詞は聞かないだろう。
「生か死か」ということになる。もとの英語はそもそも
哲学的な台詞で哲学的思索であり、この日本語は非常に
実務的と言うか生活に密着したものであり、現実に起こ
る事実を表現する。
これがギリシア語とラテン語の相違である。
そしてこういう言葉の違いは英国と日本という郷土の違
いも反映している。それは当時も同じだった。
そして教理を提出した派閥は郷土を別にしていたのであ
る。
それが東の果ての日本で日本語で表現するとなるとなお
さら困難である。よく日本の教会でいわれるように「三
位一体はホントです。神様の事実ですよ、他は間違いで
異端です」というような指摘はまったくこの教理のギリ
シア語上の意味をわかってないことになるわけである。
本当は、坂口ふみ先生の「<個>の誕生」などをまとめ
たかったが、実際の会社の仕事もあるので、みじかめの
岩波キリスト教事典の宮本先生の解説に自分の解説を加
えて書こうと思う。この事典の先生たちは宗教学と西洋
古典と哲学の達人らしくよくわかっている。
***
キリスト教神学において神の内的構造と働きを示す教義
である(ラテン語とギリシア語では意味するものが相違
する)。
ギリシア語定式では
「父なる神と子なる神と聖霊なる神とが各々3つの(誰に
も依存しない)自存者(ヒュポスタシス)であり、かつ一
つの実体(ウーシア)として完全に一致、交流することを
意味する。
ラテン語定式では
3つの位格(ぺルソナ)が一つの本質(サヴスタンチア)
であり、同質(ホモウーシオス)であると表現されている。
***
簡単に言えばよく教会で牧師さんは「三位一体は私が牧師
であり、父であり、夫であることと同じです」というが、
それはラテン語ではあっているけど、ギリシア語では間違
いである。
ギリシア語だとお父さんと長男と次男が同じ遺伝子をもち、
男性として同じ性の働きをし、それぞれが独立していて、
家庭では話し合う、というのでないとまずい。でもそれで
はラテン語と意味が相違する。本質が同じ、人格は同じな
んて言ったら年頃の子供はカンカンである。
***
(キリスト教)神学的には、三位一体は父による子の派遣、
受肉(地上にキリストとして人間に生まれること)の根拠
を示している。この表現と用語の源泉は聖書に求められる
が「三位一体」の表現自体は教父時代の造語である。
新約聖書の源泉
「アバ、父よ」(マルコ14:36)
「父と子と聖霊によって・・」(マタイ28:19)
「聖霊は父からイエスによって世界に派遣される」
(ルカ24:49)
ヨハネ福音書1章(ロゴス=キリスト論)
**
歴史批判すると「アバ、父よ」(マルコ14:36)以外は
地上のイエスの言葉ではない。新約聖書の記者がイエスの言
葉と信じて書いたものである。年代的にはイエスの死後、5
0年以上経ってからだろうか。
次はアリウス、ネストリウスのあたりも加えてみようと思う。
***
政治的な背景は受験参考書にも書かれているのでもう御存じ
だろうと思うが、これも次回。
***
「<個>の誕生--キリスト教教理をつくった人びと」、
坂口ふみ、岩波書店、1996年。
「岩波キリスト教辞典」大貫・宮本他、岩波書店、2002年。
「三位一体」の歴史、年表は大変良い。
http://www.tcat.ne.jp/~eden/Hst/dic/trinitas.html

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April 03, 2005

「アビエーター」(aviator)

「アビエーター」(aviator)
2005年アカデミー賞5部門受賞
2004年米映画/169分
第1次大戦から第2次大戦の間を舞台として、米の実業家
ハワード・ヒューズの青年期を描いた歴史映画。
しかし、アカデミー賞映画としては珍しい社会派作品で評
価は分かれるところである。私はスコセッシ監督が好きだ
が、今年のアカデミー賞は同じ社会派の「キングアーサー」
か「オペラ座の怪人」だと思っていた。スコセッシ監督作
品はイエス=キリストものの「最後の誘惑」にとって欲し
かった。              70点。
公式サイト
http://www.aviator-movie.jp/
「すべての夢をつかんだ時、いったい何が見えるのだろう」
スタッフ
監督:マーチン・スコセッシ
製作:マイケル・マン、グラハム・キング
音楽:ハワード・ショワ
脚本:ジョン・ローガン
主演
レオナルド・デイカプリオ/ハワード・ヒューズ
ケイト・ブランシェット/キャサリーン・ヘップバーン
ケイト・ベッキンセール/エヴァ・ガードナー
***
冒頭のシーンは、大邸宅の室内で子供の体を拭いている母親
の姿である。幼いハワードに母親が外ではチフスやコレラが
蔓延しているから気をつけるのよ、とさとされている。

両親を亡くして莫大なオイルマネーを相続した大富豪の青年
実業家ハワードはハリウッドでの映画製作に取り組む。その
作品は第一次対戦ものの「地獄の天使」というトーキーだっ
た。私設空軍といわれるほどの飛行機を集め、実戦さながら
の飛行を撮影する。しかし、その当時のハリウッドの目は冷
ややかだった。作品はなかなか完成せず、部下も撤退を進言
するほどだった。
私生活は一風奇異で手洗いの石鹸を持ち歩き、トイレのタオ
ルも持つことができないほどの潔癖性だったが、女性関係は
賑やかだった。サパークラブで煙草を売りにきたウエイトレ
スの下半身をなでてすぐに部屋に呼び、その後連れ歩く手の
早さである。
「地獄の天使」は3年かけて1930年に完成する。本社も
抵当にいれて作成されたその作品は派手な前祝いののち、公
開され大成功をおさめる。やがてパーテイでゴルフに誘った
ことから、当時の名女優のキャサリーン・ヘップバーンと恋
におちる。ゴルフ場での情景描写は良くできていてゴルフフ
ァンも唸らせるところである。
やがて、彼は映画での飛行機の製作から飛行機会社に関心を
持ちはじめる。自ら会社を起し、世界最速の飛行機を製作し
て自分で操縦をする。最速は達成されるが、エンジントラブ
ルで不時着してしまう。それでも懲りずに冒険飛行家として
世界を飛び回る。成功と冒険に酔いしれ女性関係もますます
派手になり、キャサリーンと別れてしまう。そして、新人の
(女子高校生の)エヴァ・ガードナーと関係を持つ。
そのころ、国内線航空のTWAを買収し、旅客事業をはじめる
のだが、ライバルのパンアメリカンとのトラブルとなる。
彼の潔癖性は強迫神経症に進み、日常生活にも支障をきたす
ようになる。運の悪いことに試作機の飛行機事故にも遭遇し
全身にやけどを負う。パンアメリカンは政略で彼を政府の審
問会に呼びだす。この辺はロッキード事件という感じである。
その審問会ではパンナムの裏工作や他社の同様の行為を指摘
し逃れるが・・。
***
ハワードは1912年、テキサスのヒューストンで石油掘削
機の社長の息子として生まれる。「地獄の天使」の前にも19
28年に「ラケット」という映画でアカデミー最優秀作品賞に
ノミネートされていた。1935年にヒューズエアクラフト社
を設立、1939年にTWAを買収した。
映画では描かれてないが、晩年は強迫症からスイートルームに
閉じこもる孤高な生活をし、1976年に肝不全で死亡した。
***
この作品でデイカプリオはエッチでアクの強い役柄を演じてい
て、ファンによってはがっかりする方もいると思う。
(実際の実業家にはこのタイプが多いことも事実である)
私の出た学校にはこのタイプが多かったが、中にはハワードの
影の部分だけを負ったかたもいた。将来は100%大会社の社
長なのに若気の至りで亡くなったり、自殺したり・・。
「すべての夢をつかんだ時、いったい何が見えるのだろう」

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@nifty:NEWS@nifty:ローマ法王が死去(読売新聞)

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「キリエ、エレイソン」

ローマ教皇昇天(一般にはローマ法皇)
カロル・ボイチワ氏昇天
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050403-00000011-mai-int
ローマ教皇はイタリア人がほとんど就任しているが、カロル・ボイチワ
氏はスラブ系でははじめての法王だった。
かっての教皇が(異端宣告をし?)分裂させたキリスト境界の対話を
進め、1980年代にはポーランドの反体制自主管理労組
「連帯」運動を支持し、旧ソ連・東欧圏崩壊を導いたとも
され、世界の平和の為にもっとも旅したとされる。
教皇はこの他にも外部的にはイスラム、仏教との対話を行
い、内部的には過去の教皇の過ちを認め、キリスト教の創
始者(教祖)イエスの歴史研究の自由化を推進し、「イエ
スルネッサンス」を起した。小説「クムラン」や「ダビン
チコード」はその産物ともいえる。
しかしながら、キリスト教の分裂の根本である「ニカイア」
教条などには触れることはなかった。
***
イエスの筆頭の弟子でユダヤ人の初代教皇ペテロから26
4代とされるが、教皇制の成立はキリスト教の(ローマ)
国教化以後なので詳細は不明である。歴史的にはペテロは
ユダヤ教徒であったことは確かで、その新派(ナザレ派)
との自覚はあったと思われるが、確固たるキリスト教徒
だったことには疑念が残る(エルサレム教会の問題だが)。
教皇制度もニカイア会議以後の制度と考えられる。265
代目の教皇もコンクラーベという枢機卿(いはば会社の役
員制度のようなもの)による会議で選ばれる。
コンクラーベは1271年に教皇の早期選出のために作ら
れた制度で会議室には鍵がかけられ、枢機卿は閉じ込めら
れる。これは外部のものからの働きかけを防ぐ為である。
神の意志が働き全員一致で教皇は決まるのが理想だが、
通常は2/3の多数決で決定される(らしい)。
教皇は神の意志によって選ばれるとされるので終身制であ
る。
厳密にはキリスト教の聖職は教皇に限らず、神の意志によ
って選ばれるので終身制である。ただ、教会における職務
遂行が停止されたりするのに過ぎない。

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